- 作者: 森繁久彌
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1980/06/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (2件) を見る
しかし元々はNHKのアナウンサーだったのな。んで満州に渡って、東京へ帰ってきたのな。
戦時中、大陸でアナウンサーをしていた彼が、あるとき司令部の参謀から呼び出されたという。
何かというと、大陸から沖縄へ飛び立つ特攻隊隊員の“遺言”をレコードに録音すると。
緊張した面持ちで録音機の前に立ち、「祖国の難を救うため……」「母上様行って参ります」「天皇陛下万歳」などなど、悲壮感が漂うなか、ある青年の順番になった。
しばらく黙ったままで時間が過ぎ、ポツリポツリと語りだしたのは
「お父さん……なぜだかいま思い出されるのは、お父さんと一緒にドジョウをとりにいった思い出だけです……。最後にお父さんにお話するんだというのに、こんな話しか出てこないだなんて……」
涙をボロボロ流しながらモリシゲは彼の声を録音していた。そして
「お父さん! 本当をいうと……僕はものすごく怖いんです、出発するのが嫌なんです……でも征かなければならない……。お父さんだけには僕の気持ちをわかってもらいたいん……だ……」
“一銭五厘の葉書で来る命”。この表現は戦時中陸軍が本当に使っていたものらしいが、この青年のように、死の恐ろしさがわかるものでなければ、生の重大さを理解することができないのではないかと。
御年82歳。がんばれモリシゲ。あんたまだ逝くな。
あんたのその“こじき袋”、まだいっぱいじゃあるまいて。